いまじなりぃふれんど

ラブライブ、ゲーム、エアガンとかそんな感じ。

そろそろ劇場版の感想まとめてもいいよね?

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ラブライブ!サンシャイン!!The School Idol Movie Over the Rainbow
皆さんもう見ましたか?

なんだかんだで放映開始から二週間たったので感想をそろそろまとめようかな、と。
ちなみに見た回数は今の所2回です。

1回目見たときは後半からなんか頭ぼんやりするし集中できないなとか思ってたら翌日にインフルエンザになりました。誰だよテロ起こしたやつ
なんで実質的には2回目でようやく通して集中して見れたんで、まだ内容頭の中で整理しきれてないところは多々あります。

とはいえ大体の内容は把握できましたし、こういうのはさっさとまとめておくに限るのでやっちゃいたいと思います。

あ、ちなみにがっつり批判的なことも書くのでそういうのが嫌な人は回れ右でお願いします。


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取り敢えず全体的な流れをザックリ並べてみようと思います。

開幕は幼少期の回想から始まりすぐに「僕らの走ってきた道は…」が始まります。
実質的なOPですね、終わり次第タイトルロゴどーんで本格的にストーリー開始。

序盤に提議される問題は「三年生がいなくなったAqoursはどうやっていけばいいか」

その後統合先の学校とのゴタゴタ、三年生が抜けた影響の大きさなんかを描写しつつ鞠莉母が文字通り飛んできて
三年生が行方不明になったから探してくれーと頼まれるのでイタリアへ向かうことに。

イタリア編では「鞠莉の自由」を主軸に話が展開しますがこれは割とあっさり解決。
新曲を二つ「逃走迷走メビウスループ」「Hop? Stop? Nonstop!」使って今のAqoursへの答えを千歌は見出しイタリア編終わり。


やることがはっきりしたので帰国するなりライブの準備を開始しますがそこに聖良さんから
「理亞をAqoursに入れてもらえないだろうか」
と一報が。

イタリアに行く前から理亞が上手くいってない描写は挟まれてたのでその理由を軽く掘り下げて、
ラブライブ決勝の再演、AqoursSaint Snowだけの決勝戦

新曲二つ「Believe again」「Brightest Melody」を立て続けに使い、さらに「キセキヒカル」へつなげてあとはもう終わりへと…

「Next SPARKLING!!」がラストに披露され、そのままEDへ。
六人になっても、卒業した三人がいたことが消えるわけじゃない、私達の中にちゃんと残ってる…
と今度はちゃんと吹っ切って、6人体制でのAqoursは新たな一歩を踏み出したのでした。ちゃんちゃん。





…とまとめると特に問題はなさそうなんだけど、個人的には「うん?」となったところがたくさんあったので
こっからそのへんを洗い出してみる。


・尺の配分が前半に偏っている

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この映画の放映時間はだいたい二時間、つまりは120分ほどである。
2回目に見たときに腕時計をチラチラ見ながら鑑賞していて気がついたのだが、

序盤、イタリア編開始までに45分
イタリア編開始から帰国まで30分

帰国してから理亞がAqoursに云々の話が出てくるまでが10分←!?
そこからBelieve againが始まるまでは20分もない←!?!?

この映画を前編と後編に分けるとしたらイタリア編終了して帰国してからが後半だと思う。
しかし前編の時点ですでに75分も使っているので全体的に見ると前編に尺が偏っている。

いや、それで全体がまとまっているのなら問題はなにもないんだけど。

前編が悠長な進め方をする割に後半はものすごい駆け足で話が進むのでバランスがいいとは思えない。

その悠長さを感じさせないための逃走迷走メビウスループなのかもしれないけど、
それにしたってもうちょっといい感じにならなかったのかとはどうしても思う。




・Brightest Melodyの誕生に関わる描写がない

色んな所で「イマイチ印象に残ってない」と言われているBrightest Melodyだが、それは無理もない話だと思う。
Believe againのインパクトが強すぎるっていうのもあるけど、この曲が出来上がる描写が一切ないんだから仕方ない。

Believe againは
ラブライブ決勝で歌おうと思っていた曲←すでに曲はできているし衣装もある
なのでいきなりぶっこまれても納得はできるのだが…

後続のBrightest Melodyは誰かが衣装を作っていたとか、なんか構想があったとかそういった描写はマジで一つもない。
ほんとに突然披露される。

曲自体は正統派で好きなんだけど、この曲は曲の背景みたいなものがほぼゼロなのでどうにも印象に残らない。
理亞がAqoursに騒動の直前に鞠莉が「やることなくてつまんなーい!」みたいなことを言っていたので、
この曲は「さぁNext SPARKLING!!に向けてがんばるぞー」って時に超即興で作られた曲みたいになってしまうので
どうにも感情移入しづらい。

衣装的に六人と三人で分けるようなコンセプトもNext SPARKLING!!と若干かぶってるのも気になる。

いや曲はいいんだけど…いいんだけどね…




・ルビィの出番多すぎ

これが個人的に一番気になったところ。
函館回で成長したから一年生の中でも動かしやすいし喋らせやすいポジションなのは分かるけど、
それにしたって限度ってもんはあると思う。

実質的に理亞とルビィの映画だったとか言ってる人もいたけど”ぶっちゃけそう”だと思うし。
3年生がいないAqoursの成長を描くためにうちの推しに甘えんのはやめてくれ。

すでにルビィは函館でやることやってるんだから、出番はもっと分散させるべきだったというか、
この際だからはっきり言うけど花丸と善子にもっと”まともなことを”喋らせてやれよとは強く思った。

いや細かな描写はあった。
イタリア編でライブの場所を決めさせてほしいと一年生組が発言する時に一番最初に口を開いたのは花丸だ。
Next SPARKLING!!の誕生にあたってイタリアで布材をルビィと一緒に選んでいたのは曜じゃなくて花丸だし、
衣装作成をルビィと一緒にしていたのも曜じゃなくて善子だ。慣れないことをして指縫いかけてたけど。

全体的に「一年生だってやればできるんだ」ということを伝えたいのは伝わってきた。

でも弱い。描写が弱い。

劇場版でSaint Snowの理亞絡みで動いていたのは実質ルビィ一人だけだ。
函館であれだけ仲良くなってたんだから、別に花丸と善子を動かしたって違和感はなかったはずだ。

ラストで群衆を前にルビィが一人でスピーチする場面だって、似たようなことをすでに函館でやってるんだから
ルビィ一人でやらせんでも一年生でやらせたってよかったはずだ。


そういう強い描写がなかったから花丸は飯食ってた印象が強く残るし、
善子はなんかいつもどおり堕天使してた印象が強く残ってしまう。

重ね重ね言うけど成長物語を見せたいっていうのは伝わるが、その役目をルビィに担わせすぎだと思った。

…というか、これからAqoursのメインになるのは2年生なんだから2年生の成長描写もやらにゃならんかったのでは…?










他にも色々言いたいことはあるけどそこまでまとまらなそうなのでこのへんで。

総じて言えるのは「これがAqoursの最後の映像作品なのか…?」とどうしても思ってしまうところが大きかった。
なんていうかやりたいこと、伝えたいことは分かるんだけどどうにもこう、クリティカルヒットしないというか。

なんだかんだ前売り券もまだ三枚あるのでこれから何度もみることになると思うので、なにか新しい発見があったらまた記事にしてみるかもしれない。